動物たちの不思議な生態の秘密
元動物園獣医師・ただいま五十三次どうぶつ病院獣医師、動物たちの不思議にせまります。
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つきまるにゃん

Author:つきまるにゃん
生き物を飼うことが
大好きな獣医師です。
いろいろな生き物に
“咬まれ・蹴られ・踏まれ・刺され”
こんな経験から
動物達の不思議な生態にせまります。

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動物達の不思議な生態の秘密
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2012.02.03_15:07
注射を打たれる

『おはよう』
僕はいつものように胸に飛び込んできたアサコを ハグ しました。

ハグの最中彼女はいつも、僕の耳に、フカフカの “やわらかい唇” で、やさしく触れます。
すごくくすぐったいのですが、
彼女のために、僕はじっと我慢です。
その後、パンとフルーツと牛乳とヨーグルトの朝食です。


お腹もふくれ、落ち着いたところで
僕はいつものように彼女に注射器を見せました。
彼女は顎と腕と足に大けがをしていました。
「さ、注射だよ、背中を見せて」
すぐに、彼女は僕に背中を向けました。
「注射するよ、ちょっと痛いけどがまんしてね」

前日までの彼女は、おとなしく注射をさせてくれていたのですが・・・。
この日は、背中に注射針があたった瞬間、
彼女の右手が伸びてきて、僕の手を掴みました。
手を掴んだまま、振り向き、
反対の手で、僕の手から注射器を奪いとり

そして、向かい合った僕の肩に グサリ  

彼女は僕に注射を打ちました。


アサコはチンパンジー、この時は4歳でした。


彼女の母親は彼女を生んだ時に、子育てを放棄してしまい、
仕方なくアサコは僕たちの手で育てていました。
同じようにお母さんに育児放棄された、
オランウータンのフジコと一緒に姉妹のように育てました。
僕は毎日アサコとフジコの2人にミルクを与え、おむつを替え、一緒に遊びました。
僕と彼女たちは親子となりました。

しかし、いつまでも人間の中で暮らすことはできません。
それぞれ、いつかはオランウータン・チンパンジーの中で生活をしなければなりません。
そこで、恋をしたり、ケンカしたりしながら、パートナーを見つけ、
家族をつくることにより始めて50年近い人生を幸せに過ごすことができます。

アサコも4歳になり体力もついたため、
いよいよ、お母さんやお父さん、家族のもとに返すことにしました。
返すといっても群れで生活する賢いチンパンジーは、
血がつながっていようとも、簡単には仲間と認めてくれません。
チンパンジーの群れには、生活していくためのルールがたくさんあります。
僕たち人間ではそのルールを教えることができません。
できるだけ早い時期に仲間のもとにもどし、
群れで生活するためのルールを学ばさせなくてはいけません。

この時期のアサコは、オランウータンのフジコといつも一緒だったためか、
自分はオランウータンだと思っていたようで、
チンパンジーの姿を見ると非常に怖がりました。
逆にフジコはチンパンジーだと思っているのかオランウータンを怖がっていました。

まずは一緒に生活する前に、チンパンジーに対しての恐怖心をなくさせるため、
数か月かけてお見合いをしました。

そしていよいよ、家族と同じ部屋にいれることにしました。
アサコをまずは先に大きなお部屋にいれました。
次に他の家族を入れるのですが、
お父さんのサトシはいつもと違う雰囲気を察知し、
一緒になる前から、壁を蹴り、ドアを殴り、雄叫びをあげていました。

アサコのいる部屋のドアをあけると、

ドン ドン バン バン  ドン ドン


『ウーホッホッホッホッホ』

サトシは最高潮の興奮のもと部屋に入ってきました。
アサコを見つけるなり、口を大きく開け雄叫びをあげながら、
アサコの所に突進していきました。
びっくりしたアサコはあまりの恐怖に、
大きな口をあけ叫び声をあげました。

『ギャー』

そのままアサコは顎を噛み砕かれてしまいました。

そして逃げようとするアサコの足と腕にも「ガブリ」

ものすごい力で噛みつきました。
ものの数秒の出来事でした。
僕たちは、大慌てで水圧をかけたホースの水をサトシにかけ、部屋から追い出しました。

アサコはというと、部屋の隅で「ギャー ギャー」叫び続けていました。
僕が近づいてもパニックのためか、血を流しながら逃げてしまいます。

「アサコ・・アサコ・・」名前を何回か呼ぶと、
やっと、僕だと気付いたのか抱きついてきました。
顎は砕かれブラブラ、腕と脚の皮膚は大きく引き裂かれていました。
直ぐに緊急手術です。
顎はワイヤーで縫い付け、
噛まれた傷は5か所ほど100針以上縫合しました。
幸い傷は大きな血管を避けていたため、
何とか一命をとりとめることができました。

チンパンジーの最大の武器は犬歯、
鋭く太く尖った犬歯を見せつけることは戦いの合図です。
サトシは威嚇の意味をこめて、大きく口を開きアサコに犬歯を見せつけたのでした。
チンパンジーのルールでは無駄な争いを避けるため、戦う意思がない時はお尻を向け、
「あなたにはかないません、戦う気はありません」という意思表示をします。
逆に口を開け、犬歯を見せるということは、戦うぞという意味になってしまいます。
アサコの恐怖の叫び声は、大きく口を開けることとなり、
犬歯を見せつけることになってしまったのです。

ワンちゃんも一緒です。
「う~」
怒っている時は、口を少し開き、唇を上げて犬歯を相手に見せつけます。
映画“バイオハザード”のワンちゃんが怖いのは、皮膚が剝けて筋肉が見えているのと、
大きく鋭い犬歯が見えていることにあります。
犬歯を見せているワンちゃんに、
僕たちが、戦う意思がないよと“微笑みながら”近づいても、
微笑んでいるはずの口元から見える歯によって、戦いを挑んでいることとなり、

ガブリと噛みつかれます。
犬歯が見えたら近づかないことが一番。

手術後は、ケガの治療のため毎朝注射をしていました。
注射が治療とわかっていたのか、
注射器を見せるとすぐに背中を向け素直に注射を打たせてくれました。
それなのに、手術から3週間ほどたち傷口もふさがり、
そろそろ抜糸でもと考えていたころに、

『あの事件』が起こったのでした。

アサコは僕から注射器を奪い、僕の肩に注射をしたのです。

その後のアサコは、サトシとは一緒に過ごすことはありませんでしたが、
他の仲間と一緒に生活し、今は中国の動物園で新しい家族とくらしています。

ムツゴロウこと“畑正則”さん、
ライオンに咬まれて有名な“松島トモ子”さんなど
動物に咬まれた人はたくさんいると思いますが、
動物に注射を打たれたことのある人間は、たぶん、世界中で僕だけです。

<東京都大田区大森東 五十三次どうぶつ病院 獣医師 北澤 功>




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No title

こんにちは!
うちのブログにご訪問ありがとうございました。

実に楽しいブログですね〜。
アサコちゃんたら、治療のお返ししてくれたのかしら。

いろんな動物のお話、とても興味深いです。
動物園勤務だと、小鳥とか両爬とか魚とかも全部診られるのでしょうか。
経験豊富な獣医さんがいて、お近くにお住まいの方は安心ですね。
あねもね | 2012.02.09 08:53 | edit